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第8話 その婚約、本当にただの政略ですか?

last update Petsa ng paglalathala: 2026-06-19 16:30:29

「ウェルシェは押しに弱そうなだからねぇ」

キャロルの指摘にウェルシェはちょっと複雑な気分だった。擬態を解けば男共をあしらうのは訳ない。

(だけど、今の私のイメージでは強く出られないしなぁ)

エーリックの好みを演出する為のイメージ作りが仇となっている。それはウェルシェ自身も理解はしていた。だが、こればっかりはどうにもならない。

「それにウェルシェを強引に口説こうとしている筆頭はオーウェン殿下の側近だし」

「ケヴィン・セギュル様のことですか?」

途端、ウェルシェは顔を顰めた。その名を口にするのも嫌そうだ。

「ホントにウェルシェはケヴィン先輩が嫌いよね」

「次期国王になるオーウェン殿下の側近だと、ご自分で喧伝けんでんして威張り散らす傲慢な殿方は好きになれません」

「まあ、私もちょっと苦手だけど」

ケヴィンはセギュル侯爵の次男で、濡れ羽のような黒髪に紫水晶アメジストの如き瞳のミステリアスな雰囲気を醸し出している美形である。

高位貴族の美男子イケメンとあって学園の女生徒達から大人気だ。彼のいる所は必ず黄色い声が聞こえてくる。

だが、はっきり言ってウェルシェの好みではない。ウェルシェの好みははっきりしている。それは富をもたらしてくれるエーリックのような金髪碧眼の柔らかい美少年だ。

「それに、ケヴィン様のように複数の女性を連れて歩く軽薄な方は大っ嫌いです」

「普段あまり他人の好悪を見せないウェルシェにしては珍しいわね」

キャロルの指摘にウェルシェもはっとなった。悪感情は相手に悟られないよう韜晦とうかいするのが常である。

「ふふふ、人を嫌うのは人を好きになることに似てるのよ」

「なっ! キャロルは私があんな不真面目な殿方を好きだと仰るんですの?」

「今は嫌いでも未来は分からないわよ。嫌いは好きの始まりって言うでしょ?」

「あ、あり得ませんわ!」

ウェルシェはむっとした。

「あらあらムキになっちゃって」

「もう! 単に生理的に受け付けないだけですわ」

「ウェルシェは純なお嬢様だからね。ケヴィン先輩みたいなちょっと悪い男に反目しながら最後には惚れたりするから気をつけるのよ」

にっしっしっ、と揶揄からかい半分でキャロルが笑うと、ウェルシェは頬をぷくっと膨らませてむくれた。

――か、可愛い……

普段は大人びている美少女が年相応の表情かおをするギャップは強烈だ。あまりの可愛さに男女を問わず、教室にいる全ての生徒がウェルシェに心を奪われた。

「まあ冗談抜きにしても、ウェルシェがあんな男に落とされるのは嫌だからね」

「だから絶対に無いですわ」

「ケヴィン先輩はすごく強引だから、優しくおっとりしたウェルシェが押し切られないか心配なのよ」

「だからあり得ませんわ。エーリック様との婚約は我がグロラッハ侯爵家の栄達がかかっておりますのよ。セギュル家との縁に同等の価値があるとはとても思えませんもの」

そして、ウェルシェにとって最大にあり得ない理由はこれだ。

 同じ侯爵家でも譜代ふだいのグロラッハ家と新興のセギュル家では家格に大きな隔たりがある。現在の勢力図から見ても利と理においてケヴィンに魅力を感じないのである。

どこまで行ってもウェルシェはやはりウェルシェであった。

「夢見る少女のようなウェルシェが利己的な事を言うとは思わなかったわ」

キャロルは意外そうに目を大きく見開いた。

「何を仰いますの。私達は貴族令嬢。政略結婚は義務ですし、その結婚には領民達の生活と未来がかかっているのですわ」

「それじゃあウェルシェにとってエーリック殿下との婚約は政略的な意味しかないの?」

「えっ、それは……」

珍しくウェルシェは言い淀んだ。

いつもなら「もちろんお慕いしていますわ」と即答していたはずである。だが、エーリックの優しい笑顔が脳裏に浮かんだ瞬間、偽りの言葉を口にするのが躊躇ためらわれたのだ。

「ふーん……そっか」

「な、何ですの?」

きっぱりと断言できなかったウェルシェは、エーリックへの擬態がキャロルにバレたのかとドキリとした。

「ちょっと安心した。私が思っていたよりもウェルシェにとってエーリック殿下は重い存在だったんだなって」

だが、キャロルが漏らした感想はウェルシェが思いもしないものだった。

「ウェルシェにとって軽々しく言葉にできない存在なんでしょ?」

「と、当然ですわ」

ウェルシェは少し躊躇した。

ウェルシェにとってエーリックは政略結婚の相手でしかない。ところが、キャロルに指摘されてみると、何やらモヤモヤした割り切れないものが胸の中で渦巻いたのだ。

その想いの正体が分からず戸惑ったのだ。

(私にとってエーリック様は……はっ、そうだわ!)

突然ひらめきウェルシェは心の中でポンッと手を打った。

(きっと、私にとってただの政略じゃなくって、一番好条件の政略だからよ!)

どこまでも恋愛に残念なウェルシェだった。

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